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2007年1月31日 (水)

2007年も一ヶ月経って・・・

Aloha-! ナント気が付けば今年の1/12がもう過ぎてしまいました。ってことは、ホノルルマラソンまで、あと11ヶ月ね・・・なんて思いながら、練習は3月からに決めてる私です。先週の日曜日が締め切りで、地元の人達の早期申し込みは終了。次どうしようかな?なんて考える間もなく、とりあえずは申し込んでおこ・・・みたいな。
とにかくこの1ヶ月、またまた色んなことがありまして、忘れないうちに書かなくちゃ!と思いつつ、毎日が過ぎていったわけで・・・まぁ、言い訳はいいとしてとにかく“私のドラマチック人生続行中”な理由を書いてみませう。


1.夢のマッサージ学校
今月からハワイ州のライセンスを取得すべく“マッサージ学校”に通っています。アメリカは日本と違って、正式なライセンスがないと働けないんですね。だから車の免許を取るみたいに、学校で学科と実践を学ぶんです。そして規定の時間をクリアしたら州の試験を受ける・・・と。私は念の為日本語クラスを選択。とは言うものの、教科書やテキストは全て英語ですから、頭に入れるものは英語です。久々の学生生活でEXCITEしているのも束の間・・・脳みそが早々にいっぱいいっぱいに。身体のポジション・骨の名前に筋肉の名前などなど、日本語でも???となるような事を学んでいます。たまに小テストがあるので、授業だけ暢気に受けている場合ではないわけです・・・。でもクラスメートが凄くいい人達ばかりでホッとしました。時々いるでしょ、ずっと喋ってて他の人の邪魔をしたり、日本人特有のグループ作って徒党組んで・・・みたいな。あれ、好きじゃないんで・・・もしそんな人がいたら英語のクラスに移ろうって思っていたのですが、その必要もなく快適!!皆お互いに助け合いながら学んでます。やっぱり気構えって大事・・・ね?来週は骨の名前のテスト。あぁ、頑張って復習に勤しまなくちゃ!!
何はともあれ、日本に居る時から“癒しワールド”にハマってた私。これでもフェイシャルのディプロマだけは取っていたんですよ。だから今度はしっかりボディも・・・って。で、どうせやるならライセンス取ってきちんとしたレベルまでやろうと思ったわけです。また1つ夢に向かって近づいた感じ・・・凄く嬉しいっ!!だからへこたれずに最後まで頑張って、そしてライセンスを取りたいと思います。将来自分で“癒しの館inハワイ”でも出来たらいいな・・・また1ランク夢がアップしたみたいです。


2.移民局への提出書類
そんなこんなで、学校始まってバタつきながらも平行してやっていたことがあります。それは・・・移民局へ出す書類の準備!!先月結婚して、いよいよ彼の配偶者として合法的にアメリカに滞在する為に、俗に言う“グリーンカード”の申請をしなければなりません。たぁ~くさんの書類にプラスして添付資料を揃え、申請手数料を加えて郵送するのです。添付資料には戸籍謄本とその英訳だの、健康診断書だの、日本で言う源泉徴収のようなものも含まれ、あっちこっちへ飛びながら収集しました。申請書類は勿論全部英語。1つ1つ読んでも、なぁ~んかこれって引っ掛け問題?みたいな問いがあったりして、歴然としません。ならば概要を読もうとすると、そこには知りたいことが書いてなかったり・・・。ホント、この数週間はイライラしました。でもこれがアメリカなのね・・・と半ば諦め?頑張って資料を揃えました。
今回支払った申請手数料いくらだと思いますか?日本円にして約10万円。それに翻訳代・写真代・健康診断料など諸々掛かったわけで、しめて15万円!!クゥゥゥ~、財布が薄くなってしまったぁ。サブッ!でも仕方ないですね、払わないと取る物取れずでここに居られませんから。結婚しただけで自動的に何もかもコトが進むなんて思っちゃいけません。それがアメリカなわけで、自分でしっかりとやる事やらないと追い出されます。ニューヨークのテロ依頼、移民局は本当に厳しくなりました。だから、ちょっとしたコトでもネチネチとうるさく言って来ます。日本人は安全ですよ・・・なんて言い訳は一切通用しませんから。皆同じ移民なわけです。これから私の申請書類は審査にかけられ、それが通ると指紋と写真撮影のお知らせが来ます。そしてその後でやっと面接。その面接を無事クリアーして、晴れてグリーンカードを頂いて“合法的にアメリカに滞在・就業”が出来る・・・と。はぁ、面倒くさい!でももう始めた事ですから、今は黙って結果を待つのみ。変な審査官に当たって、追加書類とかの依頼が来ないでスムーズに最短期間で取れるよう願うばかり。ま、これも良い経験です。ここまで来るのには友人やLAに居る叔父・叔母のサポートがありました。これらがなかったら路頭に迷っていたに違いない・・・だから本当に感謝です。その人達にも報いる為に、どうか早くグリーンカードがGET出来ますように!!


3.チャリコケ事件?
突然ですが、こんな大人になって“チャリでコケました・・・”
えっ?って感じでしょ。でも本当です。買い物に行って、さて帰ろうと走り出したカーブでコケました。理由は・・・ハンドルにくくりつけていた自転車用のロックが、カーブで勝手に横滑りしてハンドル付近のブレーキワイヤーにひっかかり、勝手にブレーキがかかったから・・・って、分かります?なので、カーブでチャリだけストップし、私の身体は宙に浮いたわけです。そして着地!それもヒザから・・・あいたた。でも結構受身が出来ていて、とっさに手を突いたので顔面からの着地は避けられました。(不幸中の幸い!)それに手を突いたにも関わらず、すりむきもしなかったという奇跡・・・あぁ、神様守ってくれて有難う!!勿論ヒザは負傷しましたが、大して血も出ない有様。一箇所ズルむけたけど、一生懸命消毒して回復に向かってます。マッサージってヒザはいじらないんで、これまたラッキー!関係ない場所で良かったぁ~と胸をなで下ろす私でした。


4、ジョンのおじいちゃんご逝去
先週の月曜日にドイツから悲しいお知らせが入りました。10月にドイツを訪問した時に80歳のお誕生日を祝ったおじいちゃんが亡くなったのです。私達のウェディング近辺に心臓発作で一旦入院。その後回復し自宅へ戻っていたのですが、数日前にまた具合が悪くなり病院へ。今度は肺に水が溜まってしまったそうで、高齢な事もあり手術は難しいとドクターに言われたそう。その翌日にはもう亡くなってしまったそうで、あまりにも急だったので皆呆然としている状態です。それでも最後は自身の子供達(ジョンのお父さんや兄弟)に看取られて苦しむことなく眠るように逝ったそうで、それがせめてもの救いかな・・・。ジョンは幼少時代祖父母に預けられていた時期があり、彼らが親代わりだったこともあり相当ショックを受けています。この間の金曜日がお葬式だったので、電話だけでもと思っていたら“まだ電話する気力がないよ・・・”とポツリ。あまりにもかわいそうなので催促するのは止めました。きっと私には計り知れない程の愛情で育てて貰ったし、彼もそれを感じているのだな・・・と思いました。人間いつかは・・・とは思っていても、なかなかそれに直面すると受け入れるのが難しいこともありますね。だからこそ悔いのない様に1日1日をしっかり生きないと・・・と改めて思ったしだいです。


5.マンション耐震構造偽造
姉歯建築士の一件で、社会的にも大きな影響を与えた“耐震偽造”。昨今また世間を賑わせているトピックですが、ナント私の東京にあるマンションがその疑惑の建築士が設計したと言う事で都の再調査を受ける羽目に・・・。えぇぇぇぇ、マジっすか?頑張って働いて買ったのに、どういうこと?耐震保障まで付いてたのに、これってどうよ?と呆れてしまいました。補強工事でどうにかなるならいいのですが、まさか立て直しなんて最悪の結果にならない事を祈るばかり。ハワイに居ては何も出来ないので、ジタバタせずに待とう!と腹をくくったしだい。それにしても・・・せっかく賃貸入居希望者が出て来ましたって、管理会社から連絡貰ったばかりなのに。これじゃキャンセルされちゃうよ~。人生本当に“万事塞翁が丙午なりぃ~”


6.Burgey家の食ブーム
最近のうちのゴハン・・・メチャ日本食多し。ある日行ったハワイの“ちゃんこ鍋屋さん”で、ジョンはすっかりハマってしまいました。そう・・・鍋に。私は塩味をオーダーしたのですが、スープを一口飲んだら“あぁ、これ美味しい!”って大喜び。それじゃ家でもやりますか?ってことで、ドンキーで鍋の材料を買い込んで、ハワイで鍋です。家でしたのは“寄せ鍋”そう、ちゃんと材料が揃う分できちゃうのです。でも・・・肝心の土鍋がない!白木屋やドンキーを見てみたけど、1人分の小さいのしかない。やっぱり鍋は土鍋でないとね~。そこで日本の母にmailでゲッチューの指令。さてどうなることやら・・・。昨日も家の夕食は“おでん”。ハワイとて冬は冷える夜もあるのです。そうすると暖かいモンが食べたくなるわけで。ジョンはしっかり“和からし”をつけてモグモグ食べてました。はんぺんの触感には最初驚いたものの、美味しいぃ~!と続けて食べちゃう貴方はやっぱり前世日本人?ま、彼の日本食好きはこれに始まったわけではないですが・・・だって、納豆もOKなんですもの!とにかく食べる物に関して、食卓に出して却下された事が全くない私はラッキーな嫁でございますぅ。(笑)

で、“新婚生活はどう~よっ?”と最近良く聞かれますが、実は“あんまり変化なし”なのです。というのは、生活する器(普通に家って書けよ~)は変わったものの、以前から同居同然(同じ家をシェアーしてたから)だったもんで、あんまり劇的変化はないんです。とりあえず、街中に住むようになったので色々と行動するには便利にはなったかな。あ・・・そう言うんじゃなくて、気持ちの変化ってことか。でもさ、ハッキリ言って気持ちの変化を発見してる程ここんとこ余裕がなかったかもね~。(アセッ、アセッ!)

とまぁ、後から後から色んなことがあった1月。ダラ~ンとしている間もなく、前進あるのみ!と神様から言われているような気がします。明日からはもう2月。どんなことが起こるやら皆目見等がつきませんが、来るもの拒まず頑張って消化して行きます。Mahalo-!

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2007年1月23日 (火)

遅ればせながら・・・マラソンレポート!

Aloha-!2007年が始まって既に1ヶ月が経とうとしている・・・マジ?早過ぎですぅ。昨年の12月は人生の中で最も忙しい時期となってしまい、ブログ更新も遅れがち・・・ってか全然やってませんでしたね。すみませぬ~。で、後戻りは良くないとは思いつつ、12月10日(日)に参加した“ホノルルマラソン”のことを書いてみようと思います。

2006年12月10日(日)午前4時半 
気温;湿気交じりで早朝にしては結構高目

前日U2のライブだった為、わずか1時間の仮眠で起床。寝ぼけ眼で家を出発したのが4時20分。何でそんな余裕な時間に出発出来たかと言うと、実は新居がスタートラインから歩いて20分なのです!と言っても、引越しはまだこれからでとりあえず賃貸契約を済ませたところ。ですからマラソンの前日に仮眠できるマットレスと着替えを運び込んでおいて、ライブが終わって帰宅しすぐに寝た・・・というしだい。(ククク、なんてタフで無謀な行動!)とにもかくにも仲間の待つアラモアナ・パークへ向かった私とジョンなのでした。
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この頃はまだまだ余裕で記念写真に納まってますね~。


さて、アラモアナ・パークへ到着するともうすでに仲間達が集まって来ていました。最後のトイレ・・・そしてカツを入れていよいよスタートラインへ。ここで私達“ローカルのアドバンテージ”!日本から来るランナー達は自分達の目標タイムに近いスタート地点へと追いやられてしまうのですが、私達はスタート寸前に人並みをぬってスタートラインに近い所へもぐりこむのです。そうすると延々後方へ歩いて行く必要がない・・・フフフ、ちょっとだけ得した気分。別にズルじゃないもんね~。でも後方の人、ごめんなさい。Imgp0732 Imgp0731_1

スタート地点でとりあえずポーズ!

さて、午前5時。号砲一発、花火を見ながらのスタートです。皆、興奮状態で“イェ~イ”とか“キャ~!”とか“ヒャッホ~”なんて叫びながら各々にスタートです。もしかしたら長い肯定の中、この瞬間が一番楽しいかも・・・?だってまだ色んなものを見聞きする余裕があるんです。それが最後の1マイルなんてなると、視界は狭まり周りの音も聞こえないくらいになる事も・・・だから“今”をエンジョイしておきましょう。

スタート地点からまず目指すはダウンタウン。ここはハワイの大手町プラス兜町です。クリスマスのイルミネーションが綺麗!なんていう余裕もあるので、ファン・ランナー達は皆記念写真なんぞしてます。私とジョンも颯爽と(?)“競歩ペース”で進みます。そう・・・今年はジョンが初参加の為、最初から飛ばすのはやめようと約束していたのです。それでも目標タイムを8時間に設定して、結構なペースで歩いていました。イオラニ宮殿の正面にあるカメハメハ大王の銅像あたりで最初の給水です。まだあたりが薄暗く、全然喉も渇いていませんが、ここで飲み始めておかないと後がもたないのですね。ジョンにしっかり給水を促し、私も何口かお水を・・・。そして市庁舎前のアロハ・サンタ像を見ながらダウンタウンを後にしたのでした。
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後ろに見えるは、市庁舎の巨大くクリスマスツリー!

ダウンタウンではキング・ストリートを進んでいたのですが、今度はカピオラニ・アベニューをアラモアナへ向かって進みます。ここで後ろから来た仲間が声をかけてくれました。“お~い、彼初めてなんだって?頑張れよぉ!”ありがとね、私も頑張ってサポートしながら走る(歩く)よっ。ジョンも知ってる人の顔を見るとホッとするようです。アラモアナが近くなってくると少しずつ応援が増えます。地元のボランティアだけではなく、レストランもこんな早朝から応援してくれるんですよ。中でも○角は毎年凄いんです。“フィニッシャーズには1セントでビール提供しますよ~!”なんて。ジョンの目の色が変わったのは言うまでもありません(苦笑)そしていよいよ、1時間前にスタートしたアラモアナへ戻って来ました。さぁ~、ウォーミングアップはここら辺でおしまい。ちゃっちゃと行きましょうね!

アラモアナショッピングセンターを左手に見ながら、ワイキキを目指します。応援が増えてくるとこちらもやりがいがありますね。ワイキキは観光客も応援に参加するので、結構早朝でもギャラリーがいるんです。その間を心地よいペースで闊歩!すると・・・丁度カラカウア・アベニューのど真ん中あたりでナント☆流れ星☆目撃!!空も白み始めていたところへ、スゥ~っと一筋の綺麗な流れ星が現れて消えていきました。すぐに後方を歩いていたジョンと仲間に向かって“ねぇ、見た?見た?”すると彼らは???あぁ・・・貴方達は幸運を逃しましたね。仕方がありません、私がその幸運を少しずつ分けてあげましょう・・・みたいな。とにかく久し振りに見た流れ星がマラソン当日だなんて、話がうま過ぎますが本当なんです。そしてそれは本当に美しかったです。神様、有難う!いつの間にかそんな言葉が自然に出て来ていました。これでまた拍車がかかった私ですが、ジョンのペースを確認しつつ進まなくちゃ!と思い返す。そんなこんなで目の前に10Km地点であるカピオラニ・パークが見えて来ました。

いつも週末の全体練習をしている場所だけあって、何だかやっぱりホッとします。さぁ、ここからだ!って自分に言い聞かせて歩を進めて行きます。右手には10Kmウォークの人達用のゴールが見えていましたが、それを見てしまうと“あぁ・・・あと、これを3回も繰り返すのか・・・”と気が重くなるので、見て見ぬ振りで通り過ぎます。パキ・アベニューを右手に折れて更にパークの周りを走って行きます。このパークを過ぎるといよいよダイヤモンドヘッドの坂が待ち構えているので、その前にトイレ休憩!そこで気合を入れなおして坂へと向かいます。この坂、私は200mくらいかと思っていたら、ナント1Kmもあるんだそうです。長くダラダラと続く坂ですが、人で混雑しているのでそれ程ハイスピードで登ることはまずなし!さぁて、それじゃゆっくり坂を走破しに行きますか・・・。

いやぁ~、相変わらずの混雑振り。ここは道が一気に狭くなるので、人口密度が増えるんですね。それでも自分達と同じようなペースの人を見つけて、後ろに続きます。ハッキリ言ってこの方が楽なんですよぉ。自分で人を掻き分けて行くよりも安全なのです。丁度良いペースの人を見つけたので、ジョンと2人で追いかけます。・・・と、前方で拍手が。ナント、ナント、既に先頭ランナーが戻ってきているではありませんか?!歓声と拍手でRESPECTATIONを送りました。2時間台前半・・・恐るべしです。私達はあと6時間くらいかなぁ~なんて暢気に言いながら、後続の先頭ランナー軍団を拍手で見送ったのでした。そんなこんなでダイヤモンドヘッドはあっという間に終わってしまい、給水ポイントが見えて来ました。ここでも少し給水です。もう日が昇って来ているので、体内では水分の代謝が始まっています。後のことを考えて、少し大目に(といってもカップ半分)ゴクッといきました。さて、これからキラウェア・アベニューです。

この通りは緩やかな下り坂なので、見晴らしがいいのです。そこでちょっと写真を撮ってみたりして・・・。(と、本当はここにも写真掲載のはずだったのですが・・・)ジョンもまだまだ余裕があります。この先どうなるか分からないけど、なるべくならいい顔してるうちに写真は撮っておいた方がいいですね~(笑)ここら辺でチョット小腹が空いてきたなと思っていたら、近所の可愛い女の子がプレッツェルの入った袋を差し出して“どうぞ・・・”と。あぁ、“貴女は私達の命の恩人よっ!”と言いながら、頂きました。オーバーに聞こえるでしょうが、実はかなり本気。だってこのスナックで塩分や炭水化物の補給が出来るわけですから。本当に助かった。ありがとね~!そしてここで私達にとってはスゴ~ク重要な人物を発見しました。ってか、競歩のパートナーなんですけどね。見るからに元気のいい日本人のおばちゃんなんですが、彼女の出で立ちはナント三度傘にマント(?)。そしてそのマントには“アイ・ラブ・きよし”の刺繍。そうなんです、彼女は氷川きよしの大ファンらしいのです。きよし君と一緒ならマラソンも走破出来るわ~!って声が聞こえてきそう。ジョンも面白がって、後に続きます。このおばちゃんのペースがまた私達のペースに丁度マッチ!有無を言わさず“おばちゃん追跡計画”が実行されたのでした。
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まだまだ楽しいそうな(?)表情!

そして、キラウェア・アベニューの先にあるカハラ・モールへ。ここら辺もいつもの練習で走っているので、景色だけでホッとします。でも、いよいよ日差しが強くなり始めてきたので、チョッピリだけどジョンの体調が心配です。彼はヨーロッパ人(ってか、ドイツ人)なので、お肌が基本的にはとっても白いんです。だから日焼けすると赤くなる体質で、しかも体力を沢山消耗してしまうのです。私のようにいつも練習している人だって、この炎天下はキツイのに・・・果たして耐えられるかな?と。そんな事は直接彼には言えないので、心に閉まって歩を進めます。去年はジョンが応援してくれる筈だったのに、渋滞に巻き込まれて5分差で私が通過してしまったカハラ・モール。今年は2人で通り過ぎるなんて不思議な気分です。そしてこのカハラ・モールを過ぎると、延々と続くフライパン・・・そう、カラニアナオレ・ハイウェイが待ち構えています。

さて何故フライパンなのでしょう?それは、このハイウェイは直線がずぅ~っと続いているのですが、ほとんど日陰がないんですね。だからまるでフライパンの上を走っているみたいになるわけです。しかも直線が長い分、周りの景色もあまり変わらなくてつまらない。海も見えないので、気分的にはドンヨリしちゃうわけです。勿論、ボランティアの応援がそんな気分を吹っ飛ばすべく・・・なのですが。さて、カハラ・モール角の盛大な応援を背に、いよいよカラニアナオレ・ハイウェイへ入って来ました。ここはハイウェイの片側を閉鎖して、マラソンレースに振り当てており、その車線をまた2つに分けて往路復路としています。ですから、折り返して往路を走るランナー達とすれ違うわけです。時計の針が進むにつれ、すれ違う人数がドンドン増えていきます。拍手喝采を送る頻度が多くなり、最後には反対側も人がいっぱい・・・になってしまいました。そうこうしているうちに、待ち焦がれた“中間地点”(13マイラー)に到達!ジョンの顔も嬉しいそうですが、心なしか何か疲れが見えます。早速水分補給をし、持っていたガミーベアで塩分と糖分の補給も。それから5hours energyというビタミンドリンクも少し飲みました。これはビタミンBが8000%も入っているので、筋肉疲労に非常に効きます。機会があったらお試しあれ~。さぁさ、ハワイカイに向けて頑張って行ってみよう!!おばちゃんは・・・あ、あそこにいるから大丈夫!!と、この頃になるとおばちゃんは私達にとってはなくてはならない存在になっていったのでした。
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半分来て嬉しいはずなのに、心なしかお疲れモードが始まったような・・・?

さて、おばちゃんとの静かなデッドヒートを繰り返しながら(?)いよいよハワイカイのループへと突入です。ここは住宅街をぐるりと回るコースで、これが終わるとようやくハイウェイの復路へ入って行けるわけです。ジョンの顔が真っ赤になって来て、持ってきた帽子を差し出すもかたくなに拒否。“なんでよぉ~、日陰を作ってやるのも自分の責任なんだよ。”そんな助言にも“頭が抑えられているようでイヤ”と答える彼。仕方ないなぁ、それじゃ給水ポイントでスポンジも貰ってなるべく身体に水をかけてあげてね。このハワイカイループでも住人達がマフィンやフルーツを振舞ってくれます。塩分や糖分の補給は本当に大事。それだけに、皆さんのたった1切のマフィンが身に染みます。ジョンもキャンディーを頂いて早速口へ・・・。そうこうしているうちにハワイカイループの終点が見え始めました。ここでまたトイレ休憩をしようと言う事で、おばちゃんを見失わないよう見張ってましたが、大分先に行かれてしまいました(苦笑)トイレを待っている間に私達より2人先のおじさんが急に倒れました。たぶん貧血を起こして一時的に意識を失ったのでしょう。15秒くらいですぐに起きて、自分で何が起こったんだか?って顔をしてました。でもすぐに救護の人を呼んで、ケアしてもらいました。今年は思った以上に日が上ってからの気温が高かったので、脱水症や熱中症で倒れる人が続出していたようです。いつもよりも沢山の救急車を見たのはそういう事だったからなのでしょう。さ、私達もしっかり水分補給しよう!
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補バテ気味のジョンはスポンジで涼をとり・・・

いよいよ復路に入って来ましたよ~。ジョンも嬉しいそうですが、この頃から足に違和感が。そりゃそうだ、練習もろくに出来なかったのだから足も疲れるわ。でもね、仕方ないんです。彼の職業は大工さん。一日外仕事で疲れきった身体を引きずってまでも、マラソンの練習は無理。だから今年は歩いてでも参加してみようって事になったのですが、それも彼の身体にはかなりの負担です。というわけで、時々手持ちのスプレーシップをシュ~!としながら、先へと進むのでした。この頃になると相当日差しが強くなり、ジョンもついに“帽子かぶる・・・”と。そうだよ、かぶった方がいいんだよ。と渡すと、渋々かぶってました(苦笑)25Km地点あたりでは既に足の筋肉に相当ダメージが来ていたらしく、時々立ち止まってストレッチしたりマッサージしたり、が増えて来ました。それでも“鬼彼女”の私は8時間を切ろうと元気付けてんだか、叱咤激励してんだか・・・?ジョンもとにかく頑張って前に進もうと必死です。それに対して、走るのと歩くのでは大分違うのだなというのが分かったのは、前回2回とも走っていた私ならではの体験。というのは、走っている時は本当に必死で周りの景色や人もあまり見えないのですが、今回歩いてみて大分景色を堪能したり他のランナーをウォッチングしたりと、かなりの余裕があったのです。そして歩いているのをいい事に、ジョンの私設応援団となりずっと横で声をかけ続ける事ができたのでした。これは走っていたらまず無理な事ですし、増してやこの復路では走っていた時はすでに色んな痛みに苦しんでいる頃だったからです。よしっ、出来るだけ彼が痛みを忘れられるように努力しよう!そう心に誓う私でした。
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チョットは元気出たぁ~?(無理矢理笑顔?)

長く直線のカラニアナオレ・ハイウェイをやっとの事でクリアーし、カハラ・モールへ戻って来ました。この場所は22マイルポイント(約30Km地点)で、ゴールを目指す人達が気合を入れなおす所です。私達のマラソン仲間で、今年レースに参加しなかったご夫婦がドリンクや湿布等を片手に待っていてくれました。ありがと~!レースが始まって既に6時間は経っているというのに、他の仲間が通過した後も私達が辿り着くまで待っていてくれて本当に感謝です。ジョンも私もこの仲間を発見した時には、本当に嬉しかったです。“どう、ジョンは大丈夫?”との問いかけに、元気がなくなりかけていたジョンも気力を取り戻していました。“後もう少しだから頑張ります!”としっかり答えて、さぁ出陣なりぃ~。ここからあと7Km頑張らないとね。
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冷たいドリンクを頂き、マッサージをして貰って元気を
取り戻した私達・・・?

もう氷川きよしファンのおばちゃんは周りに見当たらなかったけど、ここからは私達独自のペースで頑張る事にしました。レース後半と言うことで、ランナーを写すオフィシャル・フォトグラファーが沢山。カメラに向かう時だけは飛び切りの笑顔です。(うそつきぃ~?)ジョンも必死な顔から笑顔を作りつつ、カハラ・アベニューへと入って来ました。ここは私にとっては“第二のカラニアナオレ・ハイウェイ”なんです。何故ならやっぱり永遠に続いているように感じてしまうから・・・。死力を尽くしてここまでやってきたわけですが、1歩1歩がとっても重たく感じるようになっているんですね。ところが・・・今年は競歩ペースを守ったせいか、何故か楽チン!隣のジョンは必死でしたが、私は余裕さえありました。このカハラ・アベニューを抜けるといよいよダイヤモンドヘッド・アベニューです。下り坂かと思いきや、一旦登るんですよね~。これがキツイのなんのって。最後の体力を使い切りそうになります。でもまだあと数マイル残ってますからね。油断は禁物です。この頃になると、ジョンは無口に・・・。“大丈夫?”との私の問いにも、もう首を振って答えるしかありません。う~ん、ちょっと心配。でも目の前には通称“三角公園”が見えて来たよ。あそこでお水飲めるからね、頑張ろうねっ!ジョン=目で返事。
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段々表情が乏しくくなってます・・・

やっとのことで三角公園へ到着。思い切り水を飲み、最後の難関へと向かいます。ヨレヨレになった足にはアップ&ダウンは非常に辛いのです。ジョンは既にまるで人の足を付けてるみたい~と言いながら、ダイヤモンドヘッド・アベニューを下って行きます。この坂を下って、少しすると最後の給水ポイントが見えるはず。そこからゴールまでは500mくらいでしょうか・・・。既に、相当足が痛むのでしょう。顔の表情も歪みがちなジョン。それでも頑張って8時間をクリアーする!と、1歩ずつ歩を進めます。私は横で飛び跳ねてみたり、手を叩いたりしながら応援。たぶん、こんな事しても何の足しにもならないだろうなと思いつつも、何かせずには居られなかった私です。そうしているうちに、カピオラニ・パークが見えて来ました。あの角を左に曲がったら最後の直線です。・・・と、突然後ろから同じく競歩ペースで参加していた仲間が声をかけてきました。“最後だから10人ゴボウ抜きしよっ!”しかし・・・ジョンにはそんな力すら残っていませんでした。もう倒れてもいいくらいに全体力を消耗していたのです。“無理しないで歩いていくよ~”と彼女を見送り、私達は自分達のペースを保ちつつゴールを目指しました。遥か前方にFINISHの横断幕が見えます。“ジョン、見て!あそこがゴールだよっ”時計を見ると、7時間40分。よしっ、これなら8時間切れるね。しかし、ジョンの歩幅とペースはドンドン落ちていきます。それでも歯を食いしばりながら、ゴールへ、ゴールへ・・・。オフィシャル時計が見えて来ました。まだ7時間50分になったばかり。大丈夫!そしてゴール手前で手をつなぎ、一緒にフィニッシャーズラインを通過っ!

あぁ、ついにやったね。ジョン、凄いよっ。7時間52分だよ。目標タイムクリアーしたよぉぉぉ!!!!!
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この直線の後にはゴールよ!

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ゴール直後の私達・・・ジョンは、ほぼ放心状態。
もう、何が何だか分かってませんがゴール出来ました!

当のジョンは自分でも何が起こったか分からない様子で、放心状態。ようやくゴールしたことを認識した途端ほんの少しだけ感動の男泣き・・・。そりゃそうだよ、嬉しいよね。凄く頑張ったんだもん。本当に有難うっ!!完走者だけがもらえる貝の首飾りをかけて貰い、カピオラニパークへと入ります。安心感からか、トイレに行きたくなったジョン。外で待っていた私がちょっと違う方向を向いている間に出て来たようで、はて私の姿がないぞ・・・と。探そうとした矢先に、クラクラクラ~っときてしまったようでそのままやしの木の下に倒れこんでしまったようです。幸い携帯電話を持っていたので、すぐに連絡がついて見つけることが出来ました。その時は顔面が真っ白でもろに貧血起こしました!っていう顔してました。可愛そうに・・・無理させちゃったね、ごめんね。すぐにシューズとソックスを脱がせ、足をやしの木に立てかけて高くしました。救護テントで氷を貰い、とりあえず彼が落ち着くまで頭を冷やしながら待ちました。その間に先にゴールした仲間も来てくれ、救護テントへ連れて行こうと言う事になりました。何はともあれ、専門家に見てもらってOKなら帰宅したらいいのではないかと。この救護テントは、身内であれ誰であれ付き添いで入る事が出来ません。本人だけなんですね。だから出て来るまではどんな処置をされているとか、どれくらい時間がかかるとか全く分からないんです。奥で彼がドクターと話しているのが見えるのですが、何がどうなっているやら・・・。そこでボランティアの人に頼んで、彼に携帯を届けてもらいました。しばらく休んで点滴をするだの何のという話し。はぁ~、そんなに重症だったの?なのに、無理させちゃってごめんなさい。・・・と思っていたら、早速仲間がお説教。“アナタ、自分のフィアンセを殺す気?全くもう、あんなになっちゃうまで無理させて・・・何年マラソンの練習してきたのよ”と。ハイ・・・全くその通りでございます。申し訳ございませぬ。

そんなこんなで、待っている間に完走者Tシャツをゲットし、りんごやクッキーも頂いて、ジョンが出てきたらすぐに食べられるようにスタンバイ!仲間も去って一人芝生の上に座り込み自分の足のメンテをして待つ事1時間。やっと彼が開放されて来ました。何だかバツの悪そうな顔をしています。いいの、いいの。さぁ帰ろう。・・・って、車ないじゃんね。でもグッドタイミングで仲間から電話。“近くのホテルに部屋取ってるから一緒に行って一旦彼を休ませてあげよう”って。あぁ~、神様有難う!!すぐにピックアップしてもらい、プリンスホテルへ。そこでシャワーを浴びさせてもらい、ちょっとしたスナックを頂き一息つきました。何だか生き返った感じです。ジョンも元気が少しずつ戻って来ました。他の仲間も集まって来て、とりあえずまた誰かが“送って行ってやるよ~”と。とにかく仲間の存在に頭が下がる時間でした。

本来ならその晩に、日本からレースに参加する為渡ハしたメンツとのオフ会に参加するはずでしたが、ジョンの事があったので、あえなく欠席。それなのに、皆さんたら私達の結婚祝いを持って来てくれていて・・・あぁ、またしても感謝。幹事が欠席の第一回オフ会ってどうよ?でも、地元から参加される方に幹事を代わってもらえたので、事無きを得たのでした。またまた感謝です。来年こそは絶対にオフ会参加だぁ~!と意気込む私なのでした。

いつもとは何倍にも違う意味のあった2006年のホノルルマラソン。やっぱり“やって、良かった!”って思えます。今回はジョンが一緒だったのもあって、いつもに増して色んな発見がありました。無理をおして、最後まで諦めずに約束を果たす為頑張ってくれた彼には本当に感謝しています。結婚前に2人で何かを達成できた事、凄く嬉しく思います。これからもこうして2人で力を併せていけたらな・・・と。そして地元のマラソン仲間や、日本からのランナー達。皆に感謝です。2007年もきっとエントリーするんだろうな・・・と思いつつ、今回のマラソンレポートを終わります。(って、実はもう先週の土曜日に2007年分エントリーしちゃった!!)

ってなわけで、皆様長々と読んでくれてMahalo-!!!

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